公共事業が減り続ける中、社員の仕事を確保しようと、武雄市西川登町の友廣建設は遊休農地の茶園など、日当たりの良い山の斜面でオリーブを育てる試みを始めた。重機で根を抜く作業ができる強みを生かした多角化で、市も「価格低迷が続くミカンなどの代替作物になる可能性がある」と関心を寄せている。・・・・・・・・・
全文
遊休農地でオリーブ栽培 減る公共事業…多角化で生き残りへ
西日本新聞
公共事業が減って建設会社も大変、高齢化で農業も大変。オリーブ事業、是非成功してほしいですね。
上野原市野田尻の旧甲州街道沿いにある「野田尻簡易郵便局」前に、今では珍しくなった古い円柱形の郵便ポストがオブジェとして設置された。地元の住民有志が、「旧宿場町のレトロな町並みを地域づくりに生かしたい」と、不要になったポストを郵便局から譲り受けて修復した。・・・・・・・・・
全文
宿場町にレトロな郵便ポスト 野田尻 住民がオブジェに
山梨日日新聞社
懐かしいですね。このポストなくさないでほしかったな~。人間味のある形をしていますよね。
分村から半世紀余り、二つの地域が再び1本の道で結ばれた―。日之影町見立と高千穂町岩戸。両地区の住民たちは、かつて生活道だった峠道を整備し、天岩戸神社に続く参道「天(あま)の古道(こどう)」(全長10・5キロ)として復元させた。
7日は道開きを行い、地元住民ら約90人は先人に思いをはせながら、険しい道のりを踏破した。・・・・・・・・・・・・・・
全文
峠道再び結ばれた 命名「天の古道」
宮崎日日新聞
昔一つの村だった所が、別々の町と合併し、別れてしまった。その二つの集落は尾根を挟んであちらとこちら。なんだかロミオとジュリエット状態ですね。
古の祭事などはきっと一緒にやっていたでしょうにね。これからはまた仲良く。
フグ身欠き商機 全国流通可否、下関市が調査へ
フグの取扱量日本一を誇る下関で水揚げされる「下関ふく」のブランドを強化しようと、下関市は新年度、有毒な部位を除去したトラフグ「身欠き」の全国流通の可能性について調査に乗り出す。・・・・・・・・・・・・・・・・・
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山口新聞
有毒な部位を除去したトラフグ「身欠き」が流通出来ないというのはどういう事でしょうね。これでは美味しいトラフグは料理屋で食べるしかないのでしょうか。考えてほしいものです。
国内最古のレンズか【釧路】
釧路埼灯台が設置された1891年(明治24年)に使用されていたレンズが、約120年の時を経て現存していることが分かった。保管しているのは洲崎町なつかし館「蔵」(釧路市大町6、中野吉次館長)。釧路港の歴史に詳しい釧路海上保安部の山本雅晴次長によると、レンズは高さ約50センチ、重さ約50キロで木造六角形の回転式。大きさや焦点距離などで区別された等級では、最も小型の第6級に属し、回転レンズ6等としては道内で最も古い、という。
1888年(明治21年)から北海道庁により、灯台建設ラッシュが始まり、釧路埼灯台は91年に道内で12番目の灯台として設置。当時、レンズは不動灯が主流だったが、外国からの技術導入で回転式のレンズが開発され、釧路埼灯台のレンズは、不動灯から回転式に移行する転換期のものとみられる。
また、レンズ本体に押してある刻印からフランス製と判明。道内では、釧路埼灯台設置の翌年に利尻の鴛泊灯台が同じレンズを使用、現在も残っている。山本次長は、釧路埼灯台のレンズについて「外国から輸入した6等回転レンズでは、現存するもので最古であることは間違いない。国内でもその可能性がある」と指摘している。
レンズは、灯台設置時から釧路埼灯台が改築される1952年(昭和27年)までの64年間、釧路沖に光を当て続けた。25年(大正14年)に釧路埼灯台に設置されたラッパ型の霧信号(霧笛)は現在、釧路市立博物館に展示している。
山本次長は「灯台のレンズと霧信号が現在も残っているのは道内でも釧路のみ」と話している。灯台の光と霧笛の音。二つの無形の遺産は、釧路埼灯台の歴史を知る手掛かりとして、注目を集めそうだ。
北海道ニュースリンク
1891年(明治24年)は古いですね。こんなすごいレンズは当時としては相当の金額したんだろうなと、下司の勘ぐりです。
明石准教授(福井大大学院)が受賞 米照明学会のデザイン賞
国防総省 同時テロ追悼施設
米国の照明研究者による学会が優秀なデザインに贈る賞に、福井大大学院の明石行生准教授らが設計を担当した米バージニア州のメモリアルパークの照明が選ばれた。同公園は、二〇〇一年の米同時多発テロで、ワールド・トレード・センターとともに多数の犠牲者が出た米国防総省の西隣に造られた。照明は、公園のシンボルとして、平和を願う市民に親しまれている。 (笠松俊秀)
この賞は、照明学会IES主催のイルミネーション・アワーズ2009。関係者によると、世界中の優れた照明デザインを対象に選考され、受賞すると工業デザイン界で評価が高まる。日本人では、石井幹子(もとこ)さんのデザインなどが受賞している。
今回は十点が受賞。日本人がかかわったのは、明石准教授らの一点だけだった。
受賞したのは、地面に埋め込まれた照明と、その上に置かれたオブジェを組み合わせたユニットが、百八十四個並ぶデザイン。亡くなった旅客機の乗員乗客と国防総省の職員を追悼するため、犠牲者と同数のユニットを置き、一つ一つに犠牲者の名前が刻まれている。明石准教授は、照明器具や光量の調節を担当。遺族と話し「人ごとではない」と思いながら、試行錯誤を重ねたという。
明石准教授は「受賞は大変光栄。メモリアルパークは犠牲者を忘れないようにと造られ、これからもずっと残って行くもの。その設計に携われたことはとても良かったと思っている」と話していた。
日刊県民福井—-中日新聞
世界で色んな事をやってる人がいるんですね。「米国防総省 同時テロ追悼施設」という所に意味がありますね。黙とう。
植物図の達人 金大・梅林助手 国内大学で唯一の専門家 葉脈まで精緻に
金大に国内の大学でただ一人の「図工」がいるそうだ。図画工作ではなく、「図」の職人である。描くのは植物の図で、よくある植物画とは似て非なるものだという。その植物図工、梅林正芳さん(59)を訪ねて角間の金大研究室に入ると、精緻(せいち)を極める無数の植物図があった。
梅林さんは金大理工学域自然システム学系の助手。愛知県出身で名城大農学部農学科を卒業後、植物分類学の研究者を志して京大大学院の門をたたいた。入学はかなわなかったが、論文につけた植物のスケッチが教授の目に止まった。「植物図工を探している出版社がある。やってみんか」。植物図工人生が始まった。
植物図は、いわゆる植物画とは違うそうだ。欠かせないのが顕微鏡。1ミリを10センチに拡大し、葉脈や根毛の一本一本をしっかりととらえて描く。研究者が伝えたい情報を際立たせるため、本来の姿を強調したり省略したり。写真にはない利点がある。
植物図工の道に入った梅林さんだったが、はじめは「この草はブリキでできているのか」などと編集者から駄目を出されてばかり。それでも描くしかなかった。
転機が訪れたのは1992(平成4)年。金大で植物の根の図説を製作していた清水建美名誉教授からお呼びが掛かった。梅林さんは金大に入り、学生に植物の描き方を教える傍ら、全国から舞い込んでくる仕事をこなしてきた。
大学の植物図工は、どうして梅林さんだけになったのか。日本植物分類学会の戸部博会長(京大大学院教授)によると、1970年代まで、植物分類学の講義では植物図が必ずといっていいほど使われ、こうした講義のある大学には図工がいた。しかし、一枚の絵は簡単に複製、転用できるようになり、図工が新たに描く機会は減った。
梅林さんは残った。戸部会長が言うには「研究者の狙いをくみ取り、微細な構造をとらえた図を描く。誰にもまねできない」。梅林さんの技は、日本の植物分類学には欠かせないのだ。
梅林さんが退官する5年後には日本の大学から植物図工が姿を消すことになるが、技は金沢に残る。梅林さんは3年前から金沢市西町の金大サテライト・プラザで植物図の教室を開き、約20人の生徒に技を伝えている。植物図工としての実績と、こうした活動が認められ、昨年12月には松下幸之助花の万博記念奨励賞受賞が決まった。
「よく観察すると、見えなかったものが見えてくる。きっと植物に興味が持てる。その楽しさを伝えたい。器用じゃないから、これしかできない」。ミクロを描く達人の仕事は、まだまだ続きそうだ。(林あゆみ)
北国新聞
実際の図が載っていないのでどんなものなのかはっきりとはしませんが、植物図鑑の絵とは違うんだろうな。是非見てみたい。
恵山岬に“星”降る夜 ホテル恵風 集魚灯などで電飾【函館】
函館市の恵山岬灯台近くにある「ホテル恵風(けいぷ)」(恵山岬町61、西巻勝幸支配人)で、使用済みの集魚灯や浮き球を再利用したイルミネーションが点灯している。手作りの電飾でつくられた“満天の星”が冬の夜空を彩り、利用客の目を楽しませている。
冬場の目玉行事として地域を盛り上げようと、同ホテルが「岬あかり」と銘打ち、毎年行っている。2006年からは使えなくなったイカ釣り漁船の集魚灯や、養殖のコンブなどの網を設置する浮き球を活用し、電飾のカバーとして再利用している。
電飾は従業員らが2カ月ほどかけて約200個を製作。市漁協などを通じて集めた30㌢ほどガラス製の集魚灯にはブラックライトを入れ、蛍光塗料で描かれた表面の花柄が淡く浮かび上がる。浮き球も回収した約80個を補修し、小さく穴を開けた部分にプラスチック玉をはめ込んだ。
西巻支配人は「従業員のアイデアが詰まった低コストでエコなイルミネーション。冬の岬に輝く淡い光を多くの人に楽しんでもらいたい」と話している。点灯は3月末までの毎日、日没から午後10時まで。
函館新聞社
恵山岬は『えさんみさき』と読むようです。
「地域を盛り上げよう」と「エコロジー」というのはどこの地方でも大切なコンセプトのようです。みんな必死に考えているんですね。
綺麗で温かみがある感じで、ちょっと見てみたいですね。
妖怪・ガオが来るぞ!戒めで健やかな成長願う
=子どもと5つの約束 訪問家庭を募集 ほない会=
◇東近江
八日市地区の若手の商店経営者や後継者らでつくる「ほない会」は、湖東地域に古くから口頭伝承されてきた妖怪「ガオ」の使いの出前訪問を二月七日に行うことにし、訪問を希望する家庭を募っている。
ガオは、その歴史的背景は不明だが、東近江地域に言い伝えられてきた想像の妖怪で、日常の子育ての中で我がままを言い張る時など「言うことをきかないとガオが来るぞ」などと叱り、子どもの自己中心的な考えを第三者的に戒める躾教育に使われてきた。秋田県のなまはげの風習に類似している。
ほない会では、近年、そうした道徳を教える昔の良き風習を見直し、地域に伝わる伝承文化を継承していくとともに、得てして自分さえ良ければ良いという自己中心的な考えになりがちな子どもたちに世の中にはみんなが認める正しい道理を導く想像上の妖怪「ガオ」が存在することを知らせ、親や家族の言うことに従うよう諭し、素直な子どもに育つよう願いを込めて二年前から取り組んでいる。
ガオの使いの出前訪問は、突然、子どもの前に現れて恐怖感をあおり、大きな声を張り上げて無理矢理言うことをきかそうというものではなく、事前に親と打ち合わせを行い、出前訪問の本当の目的が子どもたちに伝わり、子どもの頃のよき思い出となるように取り組む。
訪問時間帯は午後六時~八時までの間で、東近江市内の二十世帯程度を予定。訪問するガオの使いは、同会員三人が手作りの恐ろしい表情の面をそれぞれかぶり、長髪にのぼりを手に持ってやってくる。
ガオの使いは、家に上がり込み子どもと(1)悪いことをしない(2)嘘をつかない(3)もったいないことをしない(4)親の言うことをきくの四つの約束と、訪問先の家庭からのリクエストがあった約束事を守るよう諭す。
子どもと約束を交わすと、ガオとの約束が守られているか子どもが自己監視するための「ガオのお札」を置いて立ち去る。お札には(1)約束を破るとガオが現れる(2)約束を守っているとガオの霊力で厄災から護られる、というお守りの意味づけがしてある。
訪問先の対象は、小学生低学年以下の子どもがいる家庭で、脅かしにいくのが目的でないという保護者の理解と同意があり、子どもへの対応と事前打ち合わせができることが条件。
訪問の申し込みと問い合わせは、八日市商工会会議所(TEL22―0186)へ。二十九日締め切り。
滋賀報知新聞
確かになまはげに似ていますね。でも、子供に約束事を取り付けるというのは面白い。きっと子供の心に残るでしょう。
赤城大沼で結氷が始まる
年末年始に訪れた寒波の影響で、前橋市富士見町赤城山の赤城大沼で結氷が始まった。4日には湖面全体の7割まで広がり、抜けるような青空をバックに、湖面に降り積もった雪と、霧氷に覆われた黒檜山が輝いた=写真。
赤城大沼漁業協同組合の青木泰孝組合長は「今後の天候にもよるが、平年並みの今月中旬には氷上ワカサギ釣りが解禁できるのではないか」と話している。
上毛新聞
赤城山の大沼には思い出があります。その昔、この池が結氷するとスケートリンクになりました。子供のころスケートに連れて行ってもらったのを覚えています。今はもっぱらワカサギ釣りのようですね。