地方紙の楽しい話題を取り上げます


“人馬一体” 騎馬打毬/八戸三社大祭中日

Filed under: イベント,伝統芸能,寺社,文化,歴史,,観光 — タグ: — フクロウの小耳 @ 2012年8月3日

 八戸三社大祭は中日の2日、八戸市の長者山新羅神社桜馬場で、伝統武芸の加賀美流騎馬打毬(だきゅう)が行われた。狩り装束をまとった騎馬武者が古式ゆかしい武技を披露し、観客を魅了した。
 加賀美流騎馬打毬は江戸後期の文政10(1827)年、新羅神社に奉納された祭典競技が起源とされる。打毬は現在、同市のほか、宮内庁と山形市にだけ残されている。
 4人ずつ紅白の2組に分かれた騎手は、馬と毬杖(まりづえ)を巧みに操作。人馬一体となって縦横無尽に馬場を駆け回り、ゴールの門に次々と毬を投げ入れた。
 同日は夜間の山車運行も行われ、ライトアップされた山車が市中心街を練り歩いた。
 八戸観光コンベンション協会によると、2日の入り込み数は16万5千人。ディズニーパレードが行われた昨年を6万人下回った。
 (文・松原一茂、写真・大粒来仁)
 
“人馬一体” 騎馬打毬/八戸三社大祭中日
 
デーリー東北新聞社

 
 地方新聞を漁っていないと知り得ない文化が沢山ありますね。これもその一つ。騎馬打毬(だきゅう)は初めて知りました。調べると、ペルシャ起源で、ヨーロッパに渡ってイギリスのポロになり、日本まで伝わって騎馬打毬(だきゅう)になったんですって。ポロと起源が一緒なんですよ。面白い。

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やっぱり「だくえもん」 不知火諾右衛門、読み方論争に決着

Filed under: スポーツ,伝統芸能,文化,歴史 — タグ: — フクロウの小耳 @ 2010年9月16日

 江戸時代の名横綱・不知火諾右衛門について、出身地の宇土市教育委員会が名前の読みを「だくえもん」に統一することが15日、分かった。

 不知火諾右衛門は1801年、現在の宇土市栗崎町生まれ。名前の読みはもともと「だくえもん」で通っていたが、市史編さん委員会の井上正初代委員長が1996年発表した市史研究で「なぎえもん」を提唱。以来、市教委は公的資料やホームページなどで「なぎえもん」としてきた。

 本紙も2008年12月に宇土市で大相撲冬巡業が催された際、諾右衛門の読みを市教委の説に従い「なぎえもん」と掲載。記事を見た子孫の佐久間雅裕さん(48)=熊本市=が「先祖代々『だくえもん』と呼んでいる」と訴え、市教委に訂正を求めていた。

 指摘を受けた市教委は諾右衛門の菩提[ぼだい]寺に問い合わせたほか、県立図書館や肥後細川家永青文庫の資料なども調べたが、読みは分からなかったという。

 市教委は資料発見の見込みは極めて薄いと判断。子孫の思いを考慮し訂正を決めた。佐久間さんには文書で謝罪。今後は市のホームページや広報、印刷物などで、「だくえもん」と振り仮名を付けて周知を進めるという。

 佐久間さんは「読みが訂正されるのは当たり前。正しい読みが知れ渡るように広報してほしい」と話している。(後藤幸樹)
 
やっぱり「だくえもん」 不知火諾右衛門、読み方論争に決着  リンク切れ
 
熊本日日新聞

 
 200年前くらいなのに読み方がわからないんですね。ちょっと不思議な感じがしますが、残された書物に読み仮名なんてふってないでしょうからある意味当然でしょうか。
 こんな時は、子孫の言う事に従うのが自然でしょうね。代々そう呼ばれてきていたのでしょうから。
 

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加賀万歳の伝統脈々と 金沢で保存会公演

Filed under: 伝統芸能 — タグ: — フクロウの小耳 @ 2010年1月3日

加賀万歳の伝統脈々と 金沢で保存会公演  リンク切れ
 
 加賀藩十二代藩主前田斉広の時代から続く加賀万歳が二日、金沢能楽美術館で上演された。 

 加賀万歳保存会のメンバーが、紋付きはかまに烏帽子(えぼし)を身に着けた主人と、真っ赤な大黒帽子をかぶった家来に扮(ふん)し、舞や謡を披露した。金沢の町や寺社の名前を謡いながら町を巡る「町尽くし」や、参勤交代の際、江戸に至るまでの道中を謡い上げた「北国下道中」を主人と家来の軽快な掛け合いで演じ、約二百人の観客を沸かせていた。 (山野舞子)
 
北陸中日新聞

 加賀万歳という言葉は知っていましたが、こんな恰好でやるのですね。一度見てみたい。
 

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